人生楽ありゃ、苦もあるさ
例えば公園の地面に1本、まっすぐに線を引きます。
この線の真ん中は? と聞かれたらどうしますか?
当たり前のことですが、まず端から端まで全体の長さをきちんと測ることから始めますね。それが分かれば真ん中の1点を見つけ出すのは難しいことではありません。
仏教で「中」と言えば、中道(ちゅうどう)という言葉が思い出されますが、「中」ですからふと真ん中と想像しがちなものの、実はそうとは限らないんです。
苦楽(くらく)中道という仏さまの智慧がありますが、今回はこれを中心に中道についてお話ししていきたいと思います。
もちろんこれも苦と楽のちょうど真ん中という意味ではありません。結論から言えば、苦楽の調和がとれた穏やかな状態を目指すにはという教えです。
人気ドラマだった『水戸黄門』のテーマソングの出だしは「人生楽ありゃ、苦もあるさぁ~♪」ですが、この世の中の現実と平和な村のありようをよく分かっていたのが黄門様だったのかもしれません。
このドラマのストーリーは基本的に勧善懲悪を貫くスタイルですが、黄門様ご一行のおかげでおおよそ村人が圧政に苦しむ暮らしから開放されます。だからといって黄門様が去った後の村では毎夜どんちゃん騒ぎの大賑わいになるのではなく、おおむね村人の平和な暮らしへの道筋が立てられて一話が完結します。
ちなみにこの歌を唄っているのは、黄門様が全幅の信頼を寄せている助さん格さんであり、黄門様の薫陶を受けた人情家ながらも今ひとつ分かり切っていないからか、笑いの担当になっていたのがうっかり八兵衛ということでしょうか。
さて、誰でも自分の暮らしぶりからわかるように、生きていくには苦楽は1セットの付きものです。ですから村に平和が訪れても、村人の自立した暮らしには当然日常的な苦楽がともにあるわけです。
そこで平和な暮らしを維持するとは、苦楽の調和がとれた状態を維持することに他ならないというのが仏教の考え方です。それはやってきた楽はそのまま楽しみ、そこに執着せず新たなあるいはさらなる楽を求め、苦がやってきても苦にこだわり過ぎて足を止めたり避けたりしようとせずに克服していくという生活スタイルです。
中道は変化するもの
冒頭で中道とは真ん中という意味ではないと言いましたが、中道=苦楽のバランスということは、このような考え方がヒントになると思います。
例えばあなたが目標達成のために、目の前の困難に打ち勝とうと励んでいる最中だとします。その様子は他人から見れば「苦」の状態の中にあるとなるのでしょうが、あなたが努力していく中で好転に向かっている感覚や、小さくても時々やってくる楽を感じながら行い続けているのなら、あなたはその時、苦楽のバランスを取りながらイキイキと積極的に中道を歩んでいるということになります。
反対に楽な暮らしをしていてもやりたい放題の快楽におぼれれば、さらなる快楽を求め続けるばかりでもはや苦の中にいるとなるでしょう。その時々に応じた中道を歩むというのが、お釈迦さまの方針と言えます。
さらに難しいのが、この世が諸行無常である以上、苦楽という両極端も中道もどんどん変わっていくということです。
おしぼりを例に取るとわかりやすいかも知れません。
ひとさまの温かい心遣いは安心に通じるものですが、概して真夏のおしぼりは「冷たく」されたほうがうれしいものです。しかし棒のようにカチンカチンに凍っていては、手頃な“武器”になるかも知れませんが、おしぼりにはなりません。
寒い冬ならじわっとくる「温かさ」が一番うれしい温度になりますが、手も触れられないくらい熱くしたものを「冷ますのが面倒だからいいや」と出されては、おもてなしどころか出してくれた喜びもどこかに行ってしまいます。
つまり心がホッと穏やかになるちょうどいい温度とは、気温や季節によって変動するということで、その時最適な温度でおしぼりを出していただくと感謝せずにはいられなくなります。
おしぼりの「ちょうどいい加減」は、0℃以下の凍る温度と沸騰する温度のちょうど真ん中でもなく、固定されたものでもないと分かります。
中道は見出すもの
同様に苦楽中道も、自分の都合にとらわれて両極端のどちらかを選んだりするのではなく、苦という端から楽という端までの全体を見渡し、公平な見方で心の調和や穏やかさが得られる1点を見出していこうという智慧です。
最後にお釈迦さまが出家されて、最初に実践された中道と言えば、
お釈迦さまは、楽に浸っていては何も解決せず、苦行に励んでも不悟のままという体験を通して得られた実感から、苦楽を超えた「中道」という安穏な心の調和を見出すことに行き着きます。そしてこの心のまま菩提樹のもとで瞑想しお悟りを開かれたのです。
苦楽がともなうのが私たちの暮らしの常ですが、普段からこういう心の持ちようを目指して乗り切っていきたいものです。
ちなみに2月15日は、インドに生まれたお釈迦さまの涅槃会(ねはんえ)、お亡くなりになった日と伝えられています。
ご当家の法事をされるように、お釈迦さまに思いを至らせていただく日です。
涅槃会については、小欄「釈尊涅槃会~お釈迦さま最後の旅」
http://www.eijuin.jp/News/view/16/234 をご参照下さい。
写真は、「おしぼり」、「菩提樹のもとで瞑想するお釈迦さま」
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